この 『歴史公園えさし藤原の郷』 は茨城県にある 『歴史公園ワープステーション江戸』 と同様、ロケ地確保の思惑を持つNHKからの誘致に地域活性を望む当地が答えたもので、第三セクターで運営されているアミューズメント施設です。
『ワープステーション江戸』 がおもに戦国~江戸時代に使われるロケ施設であるなら、ここ 『えさし藤原の郷』 は奈良・平安もの、御所ものなどに使えるところです。
最近では、「陰陽師」「フジテレビ・日本の歴史」「大河・義経」「里見八犬伝」などで使われています。
さて、到着すると 『江戸』 とそっくりな(当然なのかな?)駐車場と駐車スペースまでのアプローチ。初めて来た感じがしません(笑)
入場料をJAF割引で支払い、いよいよ敷地の中へ。
曇りで霞がかっていた天気もこの時間になると晴れ渡り、青い空と建物とのコントラストが美しく素敵なのですが…直射日光と暑さが容赦ありません。
パンフレットの導くまま、(私にとっては…地獄の)起伏に富んだ施設網羅のコースを進みます。うう…。
延命千年杉
入場してコースに沿って左に行くと、大きな木の株が鎮座しています。
説明によると樹齢千年を数える古代杉で、秋田の鳥海山の大噴火時の火山灰に埋没したものだそうで、近年の道路工事中に掘り出され、ここに寄贈されたそうです。
霊験あらたかなものを前に、ごそごそと小銭を探す子どもたち。

望楼櫓
千年杉の後ろを振り向くと、そびえ立っているのが望楼櫓(ぼうろうやぐら)。見張り台のことですが、いまだ 『義経』 の幟が立っていて、ついあのオープニングの曲を思い出しました。
あの曲はとても好きでした。あの陵王の舞いも!
政 庁
ここで「陰陽師」や、「日本の歴史」の中の蘇我入鹿暗殺シーンなどが撮影されたんですね~。
朱色が鮮やかで、まるで奈良の春日大社みたい。
カメラで撮ってモニターで見てみると、
『まるでCGみたい!』と娘。
後月を経た歴史あるお社なども、かつてはこのように鮮やかに彩られていたのでしょうね。
政庁の回廊
学校で習う遠近画法のひとつ、一点透視法がみごとに見て取れる画です。(笑)
緑に塗られた板壁と朱色がミ○ハウスちっく。
鮮やかな赤・緑・は、イタリア・ブルガリア・ハンガリーなどの国旗をも彷彿とさせます。
私だけ…?

政庁の正殿を斜めから
青い空と鮮やかな正殿のコントラストが美しいですね。
敷き詰められている玉砂利が、きれいに掃き整えられていて、手入れが行き届いています。
ここからは奥州藤原氏ゆかりの建物が点在する山の方を、(汗だくで)上ったり下ったりしながら歩いていきます。
途中にある清衡館では、涼をとるためにエアコンの効く休憩所に入ると、スタッフのおじさんが話しかけてきました。
このおじさん、他のコンパニオン同様装束のいで立ちで、結構お似合いです。
何やらミニアルバムを持ってきて、エキストラで出演した時の写真をいっぱい見せてくれました。
おじさん曰く、何でも10月ごろに来年の大河 『武田信玄』 のロケがここであるそうで、Gacktも来るよと教えてくれました。
再来年の大河 『篤姫(あつひめ)』 は残念だけどここは使わないんだよね~とのこと。
『篤姫(あつひめ)』 は 徳川13代将軍・家定の正室、天璋(てんしょう)院篤子のこと。『大奥』 では“とくこ”と呼ばれましたが、この方のお話だなんて再来年がとても楽しみです。
さて辛かった山間の見学も終わり、次は 伽羅御所(きゃらごしょ) におじゃします。
建物に入ってすぐにある、“弁慶なりきりGOODS”を付けてご満悦の息子。
薙刀が長すぎて、画面からはみ出ちゃいました。
このあと、置いてきぼりをくいそうになった息子は、靴をいれたポリ袋をこの場に忘れてしまい、ずっとあとで気がついた父親に指摘され、ひと慌てしていました。

御所の渡殿
壁のない渡殿(わたりどの)なので透渡殿(すきわたどの)というそうです。
ここはとても気持ちのいい涼やかな風が渡って、最高の場所でした。
母 『こういうところでお弁当食べたら美味しいだろうなぁ~』
息子 『おいらだったら、ここで友だちとカードケーム。気持ちいいだろうなぁ~。』
そんな戯けたことを真面目に語る母子に、慈愛に満ちた(爆)娘の眼差し。

御張台
冬場は温かそうでいいですけど…、夏場はどうだったのかな?やっぱり天蓋(って言っていいのかな?)無しですよね~?
うちの子供たちにここで寝ていいヨなんて言ったら、それこそカードゲームだの銀魂などのマンガ本を持ちこんで、キャーキャー言って喜びそう(汗)
いろいろなお面や頭が展示されていました。
どれに似ている?と尋ねられたら、…私だったらさしずめ、あの金色の…。
うう…。
伽藍御所を出ですぐに、町並みに入ります。
ここではありがたいことに冷たい水のサービスが受けられます。お店も出ていて簡易テントも設けられ、カキ氷を買ってきてもらい食べました。
暑さでグロッキーの体に染み入りますーっ
私以外の3人は、わりと暑さにも平気な顔してるのが恨めしい…。
娘はいたってマイペースで、もくもくと氷を口に運んでいます。
少しクールダウン出来たあと、次には ロケ資料館 に入り、(涼みながら)平成5年の開園以来70作に及ぶというロケの資料を見て回りました。
子育てに忙しく、久しく大河ドラマから遠ざかっていたので、奥州藤原氏を描いた 『炎立つ』 も見ていないんですよ。惜しいことをしたなぁと思います。
入場ゲート正面にある、イベント広場 に牛車があり、息子が“おじゃる”の雅な(?)気分を味わいつつ。
当時はサスペンション(懸架装置)が無い訳だから、さぞや地面のデコボコがダイレクトに伝わり骨が折れたことでしょうね。
雅な貴族もそれなりに大変だったようですね。
さきほどカキ氷を食べ終えた頃、何やら開かれるとの園内放送がありましたが、暑気あたり気味でそれほど気に留めていなかったところ(パンフもほとんど見ていなかったので)、延命千年杉 があるところの隣の 舞楽殿 から、何やら勇ましい太鼓の音がしてきました。
『特設お化け屋敷に行きたい~』 とウルサイ息子に200円握らせ(爆)、あとの3人はその太鼓の音に引き寄せられるように舞楽殿に向かいます。
もう群舞は始まっていましたが、だんだんとその舞に近づいてゆくと、その雄姿がじょじょに迫ってきて、もう目も耳も心も釘付けになってしまいました!

江刺 鹿踊(えさし ししおどり)
8人の鹿(しし)が太鼓を叩きながら、囃し、歌い、踊る、力強く猛々しく躍動的で美しい、今まで見たことがないほどの素晴らしい踊りです!
魂が揺さぶられるとはこういうことを言うのでしょうか。
あまりの感動に、しばし時を忘れてしまいました。
両足をぐっと踏みしめて、ザイと呼ばれる馬の毛で作られた黒い髪の毛を振り、上体を横にグイっと切り返す、その一糸乱れぬ踊りが見事です。

踊りの中の見所として、足を踏みしめ上体を勢いよく深く倒し、背に立たせている一対の白いササラを地面に猛々しく叩きつける場面が度々あります。
上体を倒す時の勇ましい勢いと、ササラのパーンという小気味よい音が、視覚・聴覚に訴えかけてきます。
中央の柱の近くにいる鹿が頭(かしら)を下げ、黒い印のあるササラがしなっている様子が見て取れることと思います。
| 東北地方に伝わる獅子踊りは鎮魂供養の意味合いが強いのだそうで、これは鹿踊・獅子躍・鹿子躍などとも書かれる岩手県の郷土芸能の1つです。 その由来は、狩猟で犠牲になった鹿の供養という説、鹿の踊りを真似たものという説、(鹿を神の使いであるとする)春日大社に奉納した踊りだという説など、いろいろとあるようです。 大別して「太鼓踊系鹿踊」と「幕踊系鹿踊」があり、江刺に伝わるものは「太鼓踊系鹿踊」に属します。宮城県北部から岩手県南にかけての旧仙台藩領と旧南部藩領の一部に伝わるこの鹿踊は通常は8人で踊り、前腰に太鼓、鹿角を付けザイという馬の黒毛を髪の毛に見立てた頭を被り、背には一対のササラ(腰竹)を立てて、太鼓を叩きながら囃し、歌い、踊ります。 鹿踊は盂蘭盆や秋祭りに神社の境内や民家の庭先などで踊られることが多く、鎮魂供養、五穀豊穣の祈願が込められています。 |
江刺の「太鼓踊系鹿踊」は大別して「金津流」「行山流」の2つの流派があり、この日は「金津流」の踊りでした。
江刺区だけでも15あまりの継承団体があるそうで、『歴史公園えさし藤原の郷』 では11月頃まで、毎週日曜日の午前11時と午後2時の2回、各団体から踊り手が来て、定期公演されているそうです。
この日の鹿(しし)達は若鹿たちのようで、若く力強い歌声と高い跳躍と切れのよい踊り、歌舞伎の見栄を切るような鹿頭の振りが、見る者を魅力して止みません。
鹿のしぐさや俊敏な動きをデフォルメして、実にダイナミックにかつ繊細に、見事に表現されているのです。
15kg以上もある装束を着けてこの猛暑の中踊ることは、想像以上に大変なことだったと思いますが、そのようなことも感じさせない素晴らしい踊りでした。
この感動をどうしたらお伝えできるでしょう!
是非とも実際にご覧になっていただきたい、魂が揺さぶられる勇壮な踊りです。

海だべがど おら おもたれば やつぱり光る山だたぢゃい ホウ 髪毛(かみけ) 風吹けば 鹿踊り(ししおどり)だぢゃい |
宮沢賢治の、江刺の種山ケ原(種山高原)での詩歌です。
彼は種山ケ原と江刺鹿踊をこよなく愛したそうで、「鹿踊りのはじまり」 という童話も書いています。
栗の木から落ちて膝を悪くした嘉十が、湯治に出かける途中のすすきの原に、うっかり手拭いを置き忘れてきてしまいました。嘉十が取りに戻ると、六匹の鹿がくの字に曲がった手ぬぐいを何物かと警戒しています。不思議なことに嘉十には彼らの言葉が聞こえてきたではありませんか。鹿たちはあれこれと相談しながら、恐る恐る近づいては、あわてて跳び退き、その手ぬぐいの正体が分かって安心し、歌い踊り始めるのでした。思わず自分も仲間に入ろうととびだす嘉十に、鹿たちは一斉に驚き、すすきの原に波を立てて逃げていってしまいました。
鹿踊りの本当の精神を風の言葉から聞いた、と始まる、まるで民話のような素敵な童話です。
こちらに新字新仮名の 「鹿踊りのはじまり」 を見つけました。
お国言葉がどこか懐かしくやさしいこの童話を、そっと覗いてみてはいかがでしょう。
思いがけず素晴らしい体験をさせて頂いた私たちは、心に余韻を残しながら江刺をあとにして、早めに水沢に戻ることにしました。
明日は帰る道すがら、思いたった場所を回ることにします。
#鹿踊り #ししおどり